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| 1 | 小林賢了少将 |
| またたび 2008-2-10 21:50
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[返信] [編集] 陸軍軍務局長だった小林少将と私の父の思い出を一つ。 父は戦時中、親友の大野○睦氏と、築地の○亭という料理屋に良く 通っていました。ここは、海軍将校が利用する料理屋。海軍航空隊 横須賀基地から毎日、占領地から高級ウィsキーやワイン、海外の高級食材が運ばれ、当時、唯一、料亭としての機能を果たしていま した。 ある日、料亭から帰る時、小林閣下の軍用車が止まっているのを 父は、見かけました。閣下も、ちゃっかり、海軍の物資を活用して いたのです。父は、軍用車の運転兵に、「おい、兵隊!閣下の命令である。我々を横浜の自宅まで送れ」と言い、ちゃっかりと家に 帰ってしまいました。 翌日、○亭に行くと、小林閣下が軍刀を立てて敷居に座っていま す。父を見るなり、「君か!我輩の車を勝手に使いおったのは!」 父は、「勝手とは何か。我輩は税金をきちんと納めておる。日本国 国民が納めた税で使用される車を税を納めた者が使って何が悪い」 と、やり返します。閣下は、「ハッハッハ!」と大笑いし、「面白 い奴だ。今夜は貴公の連れと一杯やりたい」と仰り、父と大野さん は、その日から、閣下の親友となってしまいました。閣下は、中野 正鋼代議士を国会で「黙れ!」と一喝したので有名ですが、私にも 良いおじさんでした。 |
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| 2 | Re: 小林賢了少将 |
| またたび 2008-2-11 19:32
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[返信] [編集] 小林賢了少将と父の出会いは、実は、日本の戦後史に繋がるので す。父と大野氏、父の恩人鳩○一○氏は皆、自由主義者。当時は、 特高から監視され、特に、鳩○氏は、軽井沢の別荘で閉じ込められ た状態。近辺の農家や商店に、特高警察が食料も含め物品を売るな と命じている状態でした。 父は、旧制府立某中学の教員。軍事教練を軽井沢で実施すること になり、教官も生徒も皆、食料や日常生活品を余分に持って、当地 へ赴きました。軍事教練の教官は、小林閣下から父に協力するよう に言われていたのです。皆で鳩○氏の別荘に挨拶に行き、物資を 渡し、特高は、これに対し、手も足も出せませんでした。大野氏も 小林閣下の影響で、特高は手出しをしにくくなっていました。憲兵が特高から守る形になっていたのです。 こうして見ると、国会で小林のおじさんが中野代議士を怒鳴った のは、意外に、これで中野代議士は守られたのかもしれません。 |
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