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My Sensibility - 納得するために必死に真剣に生きる

納得するために必死に真剣に生きる

カテゴリ : 
My Sensibility
執筆 : 
Ya(^z^)oo 2008-4-15 17:53
いまさらあたりまえの話だと思うのですが、
人間なんのために生きているかと問われたら、
やはり納得するという一言になるのだろうと思います。

お金や権力を求めるのも、
自分の欲に対しての納得なのだろうし、
究極的には、生きるということの意味を、
知ることになるのかもしれません。

自分の人生を振り返ってみても、
なにに一番時間と労力を費やしてきたかと考えたときに、
やはり自分のなかの問いに対する納得だったように思います。

例えば8年程前に、田舎生活に窮し、
これからはネットビジネスを利用しない手はないと考え、
ホームページを作るということを覚えた。

しかし、ビジネスよりも、
ずっと興味のあったことを真剣にやってしまった。

その半分でも、お金儲けに費やしていればと、
少しは後悔したこともあったけど、
今は、ほんとうにそれでよかったと思っている。

それは、自分に対しての納得を得られたからだ。

しかし、まだまだ自分に対して納得させなければならないことはある。
これからも、それになによりも時間と労力をそそぐことになるのだろうと思う。

まだ書いちゃ駄目と王子に言われているのだけど、
自分の生き方であったり、思考を大きく変えたキッカケになったもの、
その存在に対する納得というものがある。

ありのまま書いたら、ドン引きされるかもしれないけれど、
いずれ書くと思います。

話は変わりますが、
少しまえに、超感性の持ち主であるA子さんからよい話を聞いた。

A子さんというのはとても世話好きで、
人に対してだけでなく、
動植物に対する愛情というのには関心させられるものがある。

知り合ったころ、従兄弟の方と熊野に遊びにいらしたとき、
玉置神社までクルマでお連れしたことがあった。

そのときに、林道脇から捨てられた老犬がヨロヨロとでてきて、
A子さんがクルマを止めてというので、
どうするのかと思ったら、老犬のもとに走りより、
地べたに座り老犬を抱きしめて、かわいそうだから連れて帰ると泣かれました。
確かに、連れて帰りたくなるほど、惨めでヨレヨレの老犬ではありました。

従兄弟の方が、そんな無理なことを言っても、
ヤゾーさんも困るだろうし、飛行機には乗せられないからと説得して、
持っていた食べ物を与え、老犬をそのままにしたことがありました。

後で話を聞いたら、随分と迷いネコやイヌを世話したり、
病院に連れていったりしているみたいでした。
動物病院の先生から、そんなことをしていたら、
きりがないよとまで、言われたそうです。

また、隣の家の木が切られることを知り、
いままで目の保養やらお陰をいただいていたのだからと、
お金を出して、木を移転させたこともあったようです。

そういうA子さんに、話を聞いてもらいたいということで、
紹介された老婦人から電話があったそうです。

その老婦人は、50年まえに子供をみごもったそうなのですが、
持病をかかえていたこともあり、
生めば命の保障はないと医者にいわれ、
家族の説得もあり、泣く泣く堕胎してしまい、
それ以来、子宝に恵まれることはなかったそうです。

そのことを、50年間、
真剣に悩み後悔し続けた人生であったようです。

そして、50年経ったいま、
はっきりと確信でき、自分に対して納得のようなものができたそうです。

あのときに、命がけで真剣に必死になって生んでおけば、
ご本人も赤ちゃんも無事であったであろうと。

人生、その場その場を、どれだけ必死に真剣に生きるか、
その積み重ねこそが、よりよい未来を築くのだと、
そのことを悟るための50年間であったということでした。

その話を聞いて、自分は恥じ入るばかりです。
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