ログイン パスワード      

My Sensibility - 最新エントリー

天皇とUFO

カテゴリ : 
My Sensibility
執筆 : 
Ya(^z^)oo 2008-9-9 15:07
あまり考えて文章を書くと、
ついついセーブしがちになってしまいますので、
前回は思い浮かんだまま書いてみたのですが、
少しは熟慮すべきだったかもと若干の後悔はしています。

でも身を削るようにして書くほか、
いまのぼくにはできませんので、
殆ど人に話すことのなかった体験を、
引き続きありのまま書いてゆこうと思います。

いまさら、こういう話を書いたところで、
意味があるのかどうかわかりませんが、
そういうこともあるのだろうという程度にお読みください。


まず強く印象に残っている夢とUFO目撃談を書いてみます。


UFOの不思議な夢です。


なにもない広場のようなところでひとり空を見上げていました。

天空からは超巨大な龍のようなものが地上に近づいてきていました。

近づくにつれ、それは無数のUFOの母船が連なった大編隊だということがわかりました。

恐怖はなく、むしろ荘厳さに圧倒され神聖ささえ感じていました。

UFO(宇宙船といったほうが近い感じかもしれません)の大編隊の下降が止まり、
ひとつの母船のなかから小型のUFOがぼくの真上に降りてきました。

そのUFOからスポットライトのようなものが浴びせられ、
ぼくの体は宙へと引き上げられてゆきました。

目が覚めたときに、言葉には言い尽くしがたい不思議な感覚が残ったのを、
今でも覚えています。

な〜んか不思議な夢を見ちゃったなぁという気もしたのですが、
これはけっして自分の頭の中から沸いて出てきたものではないのだという、
揺るぎのない直感のようなものがありました。


印象的なUFOを目撃したときの話です。


深夜遅く寝る前にトイレに行っておこうと部屋を出たのですが、
トイレには向かわず、ふと外にでたときのことでした。

とても低く雲がたちこめていて、
すぐ頭上に雲があるかのような暗い夜でした。

突然、何色もの光が雲を染めたかと思ったら、
まるで龍が雲を縫うようにして、
カラフルな光を発光させたUFOが、
雲からでたり隠れたりするのを見ました。

なんというか、一言でいうと綺麗でした。

興奮することもなく、
淡々とした気持ちで、
綺麗なUFO見たなぁという感じだったように思います。

それから何度となく不思議な夢やUFOを見ることがありました。
あれはUFOかなぁ〜なんだろう、というものではなく、
かなりリアルにUFOを見るということがありましたが、
今思えば興奮するとか驚くとか一切なく、
とても静かな気持ちで見ていた気がします。

不思議な夢のなかに、
浩宮さまがでてくることも何度かありました。

パターンは違うのですが、
力を合わせて困難を乗り切るというような夢でした。

そして1981年の正月が明けたくらいのときに、
昭和天皇皇后両陛下の夢を見ました。

まさに日本晴れというような清清しさのなか
堂々と凛とした、
クッキリスッキリ爽やかな富士山を見ていました。

場面はギリシャ神話にでてくるような宮殿のようなところに移り、
昭和天皇皇后両陛下と差し向かいになって、
祝い事をしているようでした。

ニコニコと微笑む昭和天皇がとても神々しくて、
そしてなんとも晴れ晴れしくて、
有難くて今思い出しても目頭があつくなってくるような夢でした。

この夢のことを書いていると、
現状の自分のアホさ加減と不甲斐なさが、
恥ずかしくて仕方がありませんし、
また宮内庁や勘違いした右翼から、お前みたいな大馬鹿ものが、
なにを畏れ多いことを書くのだとお叱りを受けるかもしれません。

しかし、見てしまったのだから書かないわけにはいきませんでした。

それらのことは19歳ころから21歳ころに集中しておこり、
その後、不思議な夢もUFOを見ることも殆どなくなりました。

今となれば、実際に見たと信じているUFOですが、
脳内で見たのか、実際に目で見たものなのかはわかりません。

上京し、銀座でウエイターをしていたときでした。
上司に頼まれ、注文の本を本屋に取りにいったときに、
一冊の本が目にとまり買い求めました。

その本のなかには、
ぼくが見た夢の内容と同じようなことが書かれてありました。

同じような体験をした人が大勢いるということも知り、
そういう人たちの集まりに何度か顔をだしました。

静かな集まりというか、
ごく普通の人たちが多かったように思います。
神社の神主さんなんかも来ていたようです。

いまでもそういう集まりがあるのかどうか知りませんが、
ネットで『オイカイワタチ』と検索してみると、
情報はあるようです。

ぼくの良いところなのか、悪いところなのか知りませんが、
自分では思いもしなかったことに、
あなたはとても冷静な人なのですよ、
と人から言われることがあります。

精神世界にどっぷりと興味を持っていた若いころに、
新興宗教、主にカルト系のものが殆どでしたが、
よく勧誘をうけ、アパートまで来られて深夜まで粘られたことが幾度となくありました。

あなたは選ばれた人なんですよ、なんて言わたりすると、
どこか白けちゃって、内心では、あなたは駄目なんですよと聞こえてくるようでしたから、
どこか冷静なところがあったのかもしれません。

当時、古本屋で見つけた竜王文庫、三浦関造著『聖者あらたに生る』という本に深く感銘をうけ、
出版元の竜王会というところまで、
いきなり押しかけたことがありました。

三浦関造先生の娘さんで、初老のおばさんが代表として、
会って話をしてくださいました。
当時は田無市にあった小さなプレハブの家でした。

しばらく話をしてから、
あなたは・・・少し沈黙があって・とても真剣に求めていることがわかります、
これからの時代、けっして修行などというものは、
してはいけませんよというようなニュアンスのことをアドバイスしてくださいました。

そういえば上京してまもないころ、
なにを思ったか、
四谷のイグナチオ教会へ洗礼してもらおうと出向いたことがありました。

当時、違法に改造したチョッパーのバイクに乗り、
服は米軍払い下げのジャケットに、
頭はカーリーヘアーが伸びて、
アウトローとヒッピーを悪い意味で足して割ったような、
なんともガラの悪い変な格好だったと思います。

そのときに対応してくれた神父の感じの悪いこと悪いこと、
人を見た目で判断しているというか、
見下しているというか、
慇懃無礼な態度というか、
あと少しのところで、おまえになど洗礼してもろたら、
逆に穢れるわいと暴言を吐きそうになったほどでした。

それ以来、洗礼を受けたいなどとは、
二度とは思わなくなりました。
ある意味、それがぼくにとって正しい洗礼だったのかもしれません。

しかし、捨てる神あれば拾う神ありとでもいうのか、
初老のシスターがとても親切にしてくださり、
何度か通ってシスターと話をしたことがありました。

何度目かのときに、これが最後だと思い、
記念として少し無理をして金のマリア様のメダイを買い求めました。

シスターから、こんな高いものを買っても大丈夫ですかと、
何度も心配してくださったことが、
いまでもとても良い思い出としてメダイと共に残っています。

そのメダイはその後15年間ほど、
ずっとペンダントとして片時も外すことなく、
鎖が切れるまで、お守りとして身に付けていました。

そういうことがあったので、
あなたは・・・と少し沈黙があったときに、
見た目は変な暴走族のような格好ですがと言われるのかと、
少しハラハラしました。

その後、このお方は信頼できると思い、
竜王会の集まりに何度か顔をだしました。

地味な感じのごく普通のおばさんや若い人もいました。
前に座っているおばちゃんの靴下にポッカリ穴が開いていたのを、
なぜか鮮明な記憶として残っています。

青年会というのにも参加してみたところ、
神智学のブラヴァツキーをロシア語の原文で勉強するような感じで、
ぼくにはチンプンカンプンだったので、
何度か顔をだしただけで行かなくなりました。

しかし、いまでもオイカイワタチに集まっていた人たちや、
竜王会に集まっていた人たちは、
至ってまっとうな人たちだったように思っています。

声高に神秘思想を語るでもなく、
淡々と静かにひっそりと、
真摯に探求していたのように思います。

そんなこんなで、
スピリチュアルなことは、
ぼくを構成する要素として大きくあるにはあるのですが、
かといって、いうほどもUFOとかに興味があるわけでなく、
チャネリングとかスピリチュアルブームなどといわれても、
あっそうというような感じだったりします。
いかにも自分は霊能者だというような人をみると、
なんか胡散臭いというか、あまり次元が高いようには思えません。

精神世界というか、スピリチュアルなことに関心のある人の落とし穴として、
自分に対しての特別感というのか選民感というのか、
宗教なんかだと、自分のほうが教祖に近い、理解度が高いみたいな、
自惚れのような自己愛のような、
もうアホかという気がして、白けちゃったりします。

むかしは新興宗教のなかにも、面白い人や精神性の高い人がいたんだと思います。
金光教や大本教の明治時代の話なんか聞くと、
ある教会に乞食が訪ねてきて、そこの教会主が話をしてみたら、
えらく乞食の話に感銘を受けて、あんたは面白い人やねとばかりに、
教会からなにから一切合財その乞食にあげて、
自分が裸一貫になって出て行ったなんていう話もあったそうです。

昨今ブームなのかはしりませんが、
アセッションという言葉も、
共感できる部分も多いのですが、
どこかしっくりとこない違和感を感じることもあります。

ぼくが堕落していると言われれば、
返す言葉もなく、そうなのかもしれませんが、
なにかもっと、静かで地味でコツコツというか、
そんなイメージが浮かぶようなことが、
ほんとうではないかという気がしています。

でも、地球外の宇宙人なんて、
いてあたりまえだとも思っていますし、
いまの科学では再現性のない、
摩訶不思議なことが起こることも自然に思っています。

また逆に、いくら自分が不思議な夢を見て、
UFOを目の当たりに見たとしても、
ある種の人間に、そのような夢を見せたり、
UFOを幻視させたりするテクノロジーなり秘儀を
有している組織もあるかもしれませんから、
決して自分が体験してきたことが正しいとか、
妄信もしていませんし、人に自慢もしたこともありません。

未来は刻々と変化してゆくものですから、
夢を見た当時の流れからは、
そういう状況というか未来のビジョンがあったかもしれません。

またある日突然、天空にUFOの大編隊がやってきたとしても、
驚くこともないと思います。

それらが偽物なのか本物なのか、正しいものなのか悪いものなのか、
見極める努力は怠りたくないという思いはしています。
どういう努力なのか、自分でもわかりませんが。

年月を重ねてゆくことで、
自分のなかのものを膨らませたり、
逆にそぎ落としたりしてゆくことがありますが、
こうやって随分むかしに体験したことを書いていると、
いまでも揺るがない思いはなんなのかと考えたときに、
天皇や皇太子に対しての思いというのは、
ずっと残り続けているような気がします。

声高に天皇万歳、皇太子殿下万歳という気はまったくありませんが、
密かに、また、いざ鎌倉ではないですが、
こんなぼくでもお役に立てることがあるのなら、
身命を尽くしてでもという思いは、
不思議なことにずっと残っています。

そういう思いは、なにゆえに生まれるものなのか、
納得できるよう、ぼくに説明してくれる人があれば、
お教え願いたく思います。

これまでの話は、ほんの僅かの人にしかしてきませんでした。

過去に天皇を肯定するようなことを言って、
なんどもボロクソに言われ、
まえに運営していたサイトでは反天皇の人が暴れたり、
特に左寄りの人は理論武装していますから、
無知だのアホだの散々に言われてきましたが、
これがぼくの正直な心情です。

おまえは右翼かと罵られたりもしましたが、
君が代も日の丸も大好きなところがありますから、
右翼といわれても、そうなのかもしれません。

時代は右翼だの左翼だのではなく、
正しいか正しくないかであり、
前進しているか後退しているかだという気もするのですが、
この際、開き直ってしまえば、
ああそうさ、ぼくは右翼といわれても結構だよ。
野村秋介さんと銀座で目がチラッとあったことがあったけど、
それ以来、妙に親しみを感じるというか、
とても好きな人だったよ。

そのことを、知り合った純粋右翼の人に言ったら、
どこか共通した匂いみたいものを感じると言われて、
なんか嬉しかったよ。

この際、もっと書いてやるんだ!
ああ左巻きの人の思想も嫌いだよ。
なんで日本の悪口ばかり言うんだよ。

天皇が差別の元凶だという人もいるけど、
じゃ韓国や中国はどうなんだと言いたいよ。

ぼくは開けっぴろげな性格だから、
部落の血が流れていることも、
どうもサンカの血が先祖帰りしたようなところがあるみたいだとか、
平気で人に話したりするけれど、
それで差別されたことなんてないよ。

影でコソコソと差別するような人はいたかもしれないけれど、
そんな人は弱く無知で逆にコンプレックスを持った人だと思っているから、
いたくもかゆくもなかったよ。

逆に差別されていると、卑屈になっている人もみっともないよ。

在日コリアンだって、帰化して代議士になれる国だよ。

被差別部落に生まれて、一代でこの国を代表する企業を育てた人だっているんだよ。

サンカなんて、影に隠れてわかりにくいけど、
もっと凄いかもしれないんだよ。

質の高い立派な人ほど、差別はしないものだと感じてきたよ。

これはぼくだけの意見でなく、
帰化したA子さんも言ってたけれど、
おそらく世界でも指折りの差別のない国は日本だと思うよ。

ついでにいえば宗教やっている人も嫌いだよ。
押し付けがましくて鬱陶しいよ。
とくに創価学会なんて嫌いだよ。
弱者に優しいというのはよいところだと思うけど、
どうして神社にお参りしたら駄目なんだよ。
ここは日本だし、産土ということを知らないのかい。

公明党の市会議員に近い人に言ってあげたことがあるよ。

何年か前、確か戦後60年くらいのときに、
無性に靖国神社へお参りしたくなって、
参拝したことがあったよ。

不思議なことに、知人にもそういう人が何人かいて、
帰化したA子さんも同じころ靖国神社へ参拝にいったみたいです。

共通した感覚というか思ったことは、
良くも悪くも英霊がとても強い力を持って動き出したように思うでした。

だから、売国奴的な行いや、日本を貶めたりする人には、
なにか怖いことが起こるんじゃないかなぁ〜と囁いたら、
とても嫌な顔してました。

ぼくは戦争も暴力も反対です。

でも、自衛隊は好きです。

ある意味、世界で一番まっとうな軍隊になる可能性を感じることがあります。

奇麗事では大切なものは守れません。

少し話が脱線してしまいました。

不思議な夢を見なくても、
過去に接してきた半数くらいの人たちは、
天皇に対し例えていうならば西行の歌にあるような、

『なにごとの おはしますかはしらねども かたじけなさに涙こぼるる』

のような感性を持っていたように思いますから、
この日本という国において天皇という存在は、
やはり重要な意味があるように思います。

この国の歴史を考えると、
外圧によってでしか変わることのできない国でもあるように思います。

いつのまにやら世界を席捲してしまったアニメなんかのことを考えると、
日本というのは東洋でも西洋でもないのだということに気づかされることがあります。
だからこそ潜在した、世界に与える影響力を有しているようにも思えます。

アインシュタインのメッセージなのかどうかはともかく、
それは武力や金力ではない、
別のもの、それは価値観なのか精神性なのかテクノロジーなのかはわかりませんが、
あたらしいなにかを世界に向けて、
発信できる可能性を秘めているように思えます。

アインシュタインが残した日本へのメッセージ

http://www.kumanolife.com/History/ain.html

書いていて思ったのですが、
いまの日本にとって外圧となるものは、
他の惑星からのものという可能性もあるような気がしてきました。

大切なことは、惑わされないということ・・・

山の中での独り暮らしが長くなると、
自分史を振り返るということが何度となくあって、
また、浄化ということにおいて、
自分史を振り返るということはとても重要なことなのですが、
視点を変えてあらためて振り返ることで、
忘れていたことに気づかされたり、
大切なことを思い出させてくれたような気がします。
  • コメント (0)
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (589)
ブログ カレンダー
« « 2008 9月 » »
31 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 1 2 3 4
オンライン状況
10 人のユーザが現在オンラインです。 (3 人のユーザが My Sensibility を参照しています。)

登録ユーザ: 0
ゲスト: 10

もっと...