ピラミッド型社会とネットワーク型社会
ヤゾーさんのブログを読んでいて、
陰謀王子の妖怪アンテナが立て続けに反応した(笑ぃ)
その中から今回は、このくだりを取りあげてみよう。
『これまでの指導者は、ピラミッドでいうところの上の階層になりますが、
これからの指導者というのは、円の中心ということになります』
上記の内容は、
《世界の指導者たち》が画策する現在進行中の計画と、そのまま一致する。
『マスメディア』と『インターネット』を例にすると、とてもわかりやすい。
これまでのマスメディアは、
『ピラミッドの頂点』から情報が発信され、
一般層はその情報を受け取るだけだった。
これが、インターネットの時代になると、
一般層も情報を発信できるようになる。
結果、さまざまなサイトが乱立し、
受け取る側も、自らの意志で情報源を取捨選択できるようになった。
人気や影響力のあるサイトや掲示板が、
さしあたり『円の中心』ということになるだろう。
発信者の数が多いだけ、
当然、円の数も増えていく。
それらの《円》が、
ときには結びつき、ときには相互批判をしながら、
離合集散を繰り返していく。
こうした流れの中で、
ネットワーカーたちも情報を読み解く能力を身につけ、
よりいっそう鍛え上げられていく。
マスメディアは、その寡占性こそが力の根源だったが、
ネットの世界では、こうした《円》のつながりこそが、最大の強みになりそうだ。
水面に投じた一石が、波紋を広げるように、
さまざまな情報が、円を描いてネット上に広がっていく。
それらが、やがて実社会にまで波及していく。
ここに、今後の人類の可能性を見いだすこともできるだろう。
『ピラミッド型の社会』というのは、
ひとたび崩れだすと、意外なほど脆かったりする。
それゆえ、効率的な改革というのが困難で、
いったんピラミッドに亀裂が入ると、
「やれ革命だ!」「やれ戦争だ!」と、
悪魔に取りつかれた連中が嬉々として跋扈しだすのが、
いままでのパターンだった(笑ぃ)
一方で『ネットワーク型社会』というのは、
力の源泉が分散しているため、バランスがよく崩れにくいという特徴がある。
まとまりにくいという側面も当然あるが、そこに議論の余地が生まれ、
是々非々で物事を判断していくという、至極まっとうな共通認識も育まれる(笑ぃ)
また、分散型のシステムというのは、
『非常事態』に強い。
何を隠そう、われらが日本という国体は、
この分散型システムによって、今日まで保たれてきたようなところがある。
たとえば、漂泊民であるサンカ。
サンカと呼ばれた人々は、
『どこにも属さない存在』である。
彼らは古来より、
野に散り山に散り、
ひとところに定住しない、ネットワーク型の社会を形成していた。
彼らがいたからこそ、
彼らのネットワークがあればこそ、
源氏と平氏の争いも、幕府と朝廷の争いも、
その他連綿と続く歴史上の無数の争いも、
わが国は乗りこえて、分裂せずにやってこられたのかもしれない。
サンカというのは、そうしてみると、
国と民とを結びつける『かすがい』のような役割を担っているともいえる。
仮に、同じようなネットワークが、
世界中にあれば、どうだろうか?
しょうもない戦争なんか、もうしなくてもすむのではないか(^o^)
インターネットを象徴とする分散型社会システムは、
サンカやジプシー(ロマ)やユダヤといった、
漂泊民の絆や生きざまをモチーフとして築かれた。
漂泊の民に、境界はなく、
インターネットは、国境すらも超越する。
そこに着目すれば、
『戦争』や『内乱』や『分裂』を回避するための道筋というのも見えてくるだろう。
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