ヒクソン・グレイシーという男
いまから十五の年ほど前、アメリカのデンバーにて、
UFC〔アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ〕という大会が開催された。
当時のUFCというのは、その名が暗示するように、
『なんでもありの過激なケンカ大会』のようなものだった。
この第一回トーナメントには、米国を中心に八名の選手が参戦していた。
ジェラルド・ゴルドー(オランダ出身 キックボクシング)
ケン・シャムロック(アメリカ出身 パンクラス)
といった日本では有名なプロ格闘家も参加して、注目を集めた第一回UFC。
この両者を破って優勝をおさめたのが、
当時無名だったホイス・グレイシーだった。
ホイスは、プロの格闘家としては痩せ形で、
身長こそ180センチ以上あるものの、体重は当時70キロ台だった。
この体格で、
100キロを超す大型外国人選手が集う、
無差別級のトーナメントを制したのだから、
「どんな人物なのだろう?」と陰謀王子も興味をだいた。
それも、参加選手の多くが派手な外傷を負っていく中、
ホイスは無傷での快勝ばかりである。
調べてみると、
グレーシー家というのは、ブラジル出身の柔術家一族で、
ホイスは売り出し中の選手だという。
第一回UFCのビデオが発売されたので、
さっそく見てみると、
ホイスの技術は想像していた以上に無駄のないものだった。
相手の一瞬の隙をついた高速タックルから、
流れるように後方に回り込んでのテイクダウン。
体を密着させたまま、寝技で相手の背後をとり、
最後はチョーク・スリーパーでギブアップを奪う。
当時の参加選手に、いくら寝技の技術が浸透していなかったとはいえ、
あそこまで完璧に勝利するのは、単純にすごいと呻らされたものだった。
大会の様子を見ていて、
もうひとつ、驚かされたことがあった。
ホイスのセコンドについていた人物の存在感に、である。
年の頃は、そのとき三十代なかばくらい。
浅黒く精悍な顔つきと体つきをしていて、
やけに首が太く、姿勢や物腰も美しく、隙がない。
「あの男は誰なんだろう?」
その男こそが、一族最強の男、
ヒクソン・グレイシーだったのだ。
その後のヒクソンの活躍は、
武術愛好家や格闘技ファンなら知るところだろう。
多くの日本人有名プロレスラーや格闘家が、
ヒクソンの前に呆気なく破れ去っていった。
ヒクソンの寝技の技術というのは、
ずば抜けており、現在でもトップクラスといっていい。
「勝てる相手としか闘わない」と揶揄されるが、
それも真剣勝負の世界では当たり前のことで、
そのあたりにもヒクソンという男の凄みや奥深さを感じる(笑ぃ)
ヒクソンの魅力は、試合にのみあるのではない。
『グレイシー・ダイエット』という一族独自の食習慣や、
長年にわたる弛まざるトレーニングにこそ、
陰謀王子としては強く目を惹かれた。
ヒクソンの元細君であるキム夫人は、
かなりのオカルティストだったようで、
そのあたりもおもしろい(笑ぃ)
(キムさんは、ヒクソンの試合前に、
あやしげなお祈りや儀式みたいなことをよくやっていたそうだ)
(これぞ、グレイシー呪術! なんちて……笑ぃ)
日本で目覚ましい活躍をなしたヒクソンだが、
その後、愛息を事故で失い、傷心の日々を送ることになる……。
このあたりにも、
『勝ち逃げ』が許されないという、
『勝負事』の世界ならではの厳しい因果応報が垣間見える……。
いまでは、キム夫人とも離婚し、
すっかり顔つきも変わってしまったヒクソンおじさん。
だが、それもまた、
ヒクソン・グレイシーという名のドラマのワンシーンに過ぎないのだろう。
これから先、ヒクソンがどうなっていくのか?
同じ武の道を歩むひとりとして、
陰謀王子も柔術の生まれ故郷から遠く見守っていきたい(^o^)
おまけ
ヒクソン・グレイシーによるスワイショウの動画
http://tirmun.net/x_movie+x_movie_view.cid+0+lid+1.htm
体の柔軟さこそが、ヒクソン最大の武器である。
こうして上半身裸になり、
背中を強く叩くことで、
老廃物や『悪い気』なんかを排除していくという効果もある。
武術愛好家だけでなく、
どなたにとっても参考になるので、ぜひご覧あれ。
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